エリートアスリートは長生きか?
第20回目のブログです。今回も前回に引き続き、運動と寿命に関するトピックスを取り上げます。
運動が寿命を延ばすことは、ほぼ確実と言ってよいでしょう。ただし、11回目のブログ「過ぎたるは及ばざるが如し、は運動にも当てはまるのでしょうか?」でもご紹介したように、運動のやり過ぎは、むしろその良い効果を薄れさせる可能性もあります。
そこで今回は、厳しいトレーニングを積んでいるエリートアスリートの寿命がどうなっているのかを調べてみました。エリートアスリートといえば、やはりオリンピック選手を思い浮かべると思います。アメリカのオリンピック選手約8,000人を対象にした疫学研究によると、オリンピック選手の寿命は一般市民よりも平均5.1年長いことが分かっています1)。疾患別に見ると、心血管疾患で2.2年、がんで1.5年、呼吸器疾患で0.8年寿命が延長していた一方で、神経・精神疾患では延長は見られませんでした。運動が血圧低下や動脈硬化の予防など心血管系に良い影響を与えることを考えると、心血管疾患で寿命が延びるのは納得のいく結果です。
次に、「どの競技がより寿命が長くなるのか?」を検討した研究もあります2)。この研究では、183か国の約95,000人の競技選手を対象に44競技について調査が行われました(以下、カッコ内は一般市民との寿命の差)。その結果、長命だった競技トップ5は、棒高跳び(+8.4年)、体操(+8.2年)、フェンシング(+6.6年)、アーチェリー/射撃(+6.2年)、テニス/バドミントン(+5.7年)でした。一方、短命だった競技ワースト5は、相撲(-9.8年)、バレーボール(-5.4年)、登山(-3.8年)、柔術(-2.5年)、ハンドボール(-2.2年)となっていました。メジャーな競技を見てみると、陸上(+4.4年)、野球(+3.9年)、ゴルフ(+3.9年)、自転車(+2.2年)、水泳(+1.9年)、バスケットボール(+1.4年)、サッカー(+0.5年)であり、自転車や水泳といった高強度な持久系スポーツの寿命延長効果が意外と小さいことに驚かされます。
このことから、長命だった競技(例:体操やフェンシング)と、あまり寿命が延びなかった競技(例:自転車、水泳、バスケットボール、サッカー)のトレーニング内容を比較すると、過度な持久力トレーニングを必要としない競技の方が、寿命の延長に有利である可能性が考えられます。また、相撲が特に短命であったのは、やはり肥満体型が運動の良い効果を相殺し、生活習慣病など寿命に関わる疾患を引き起こしやすいためと考えられます。さらに、相撲や柔術などコンタクトスポーツでは寿命の延長効果が乏しい傾向があり、これは脳や身体への慢性的な衝撃が負の影響を及ぼすためと推測されます。加えて、バレーボールやバスケットボールといった競技でも、寿命がそれほど長くない傾向があるのは注目すべき点です。この点については、NBAのプロバスケットボール選手に関する研究があります。それによると、身長が上位5%に入る選手は、下位5%の選手より寿命が短かった(高身長:72.4歳 vs 低身長:80.6歳)と報告されています3)。身長と寿命に関する研究はまだ多くありませんが、高身長は長寿にとって不利であるとする報告が多いようです。つまり、バレーボールやバスケットボール選手の寿命が相対的に短いのは、高身長が影響している可能性があります。
以上をまとめると、エリートアスリートは基本的には長生きであるといえますが、過度な持久力トレーニングが不要、強い身体的接触を伴わない、高体重・高身長ではない体型という条件が、寿命の延長に有利と考えられます。さらに重要なのは、競技引退後の生活習慣です。現役時代に健康だったとしても、引退後に急激に体重が増えたり、生活習慣病にかかってしまえば、長寿に有利だった特性は失われてしまいます。エリートアスリートといえども、引退後の節制と適正な運動習慣の持続が寿命において重要である点は一般人と変わらないと思われます。
この原稿を準備している段階で長嶋茂雄元監督の訃報が伝えられました。89歳での逝去であり、68歳で重い脳梗塞を患ったにもかかわらず、男性の平均寿命81.4歳よりはるかに長く生きられました。脳梗塞後に懸命にリハビリに取り組まれていたとの事で、その運動効果が寿命延長につながったものを思います。長嶋選手の現役プレーを憧れて見ていた野球少年の一人として、ご冥福をお祈りしたいと思います。
資料
1) Br J Sports Med. 2021; 55(4): 206-212.
2) Geroscience. 2025; 47(2): 1397-1409.
3) PLoS One. 2017; 12(10): e0185617
“運動は薬”外来の詳しい内容はこちら
https://www.miyanomori.or.jp/undou/
<プロフィール>
鐙谷 武雄(あぶみや たけお)
当院副院長、専門は脳神経外科で、中でも脳血管障害(基礎研究に長らく従事してました)
運動習慣は、出来るだけ毎日のストレッチと8㎏ダンベルでの筋トレ、週2回程度のランニング、不定期の10分間HIIT(高強度インターバルトレーニング)、たまのゴルフです