散歩がひらめきを生むと感じたことはありますか?。
第34回目のブログです。今回のブログでは散歩のような運動がひらめき、言い換えるならば、創造的な思考のきっかけとなるかについて深堀りしていきたいと思います。
古今東西の哲学者、思想家の中には歩くことを日課にしていた賢人が多いことが知られています。古くはアリストテレスとその弟子たちが、散歩(逍遥)をしながら、学問を深めたことより、逍遥学派と呼ばれていました。哲学者のカントは毎日同じ時間に散歩をして、近所の住民がそれを見て時計を合わせたという逸話があります。また啓蒙思想家ジャック・ルソーは、「孤独な散歩者の夢想」という著書を残すほど、散歩中に思索を巡らせたと言われています。近代では、アップルの創始者スティーブ・ジョブズが“10分考えても解決しなければ散歩”という独自のルールを実践しており、歩きながら行う“ウォーキング・ミーティング”を好んで行っていました。また世界最大級のIT企業MetaのCEOであるマーク・ザッカーバーグは会社の屋上に庭園を造り、そこでやはり“ウォーキング・ミーティング”を行って、創造的なアイデアを引き出しているそうです。
このような逸話的な事象について科学的に証明することは難しいのですが、スタンフォード大学のグループがかなりきっちりとした実験手法を用いて、運動が創造的な思考に効果があるとするデータを発表しました1)。この研究では176名の被験者を4つのグループ(1、室内で歩く、2、室内で座っている、3、屋外で歩く、4、屋外で車椅子に乗って移動する)にわけて、創造性を試すテストの結果を比較しました。散歩では外の景色をみることでの“気持ちの良さ”が創造性に影響する可能性があるため、1の室内を歩くグループまた、4の屋外の車椅子で移動するグループを設けて、注意深く、運動の効果だけを判定しようとしています。創造性の評価は、“拡散的思考(考えを広げて多様な案を出す)”のテストで行っており、参加者は提示された物品の“通常とは異なる使い道”をどれだけ想起できるかを求められました。その結果、1、室内で歩く、3、屋外を歩く、のグループで他のグループより、拡散的思考のスコアが60%程度向上していました。つまり、外の空気に触れるとか、景色を見ることではなく、歩くという行為、すなわち運動そのものが創造的な思考を生んだと言えます。一方、“収束的思考(一つの正解を導き出す)”のテストでは運動の効果は認めませんでした。つまり、脳の機能のうち、正解を求めるような作業よりも、新しい発想を広げたい時にこそ運動が効果的と言えることになります。日本からも同様の運動と創造的な思考について検討した研究が報告されていますが、15分間の運動プログラムが拡散的思考を向上させ、その効果は運動後の気分には左右されないことが示されています2)。
このような運動と創造的な思考について検討した13編の論文をまとめた系統的レビューの結果では、92%の論文で有益な関係を認めたものの、77%において検討手法にバイアス(先入観、偏見などのゆがみがあること)混入のリスクが指摘されました3)。このため、運動が創造性に有益であるとするエビデンスは未だ脆弱であり、今後の研究では、運動施行から創造性評価までのタイミング、創造性の評価方法の改善・標準化などに焦点を当てた検討が必要とされています。
まだ、最終的な評価には至っていませんが、運動はひらめきを生む可能性は十分にありそうです。どうか、考えが煮詰まった時は、是非散歩に出かけてみてください。

参考文献
1) J Exp Psychol Learn Mem Cogn. 2014; 40(4): 1142-52.
2) Brain Sci. 2021; 11(5): 546.
3) Eur J Psychol. 2019; 15(4): 858-877.
“運動は薬”外来の詳しい内容はこちら
https://www.miyanomori.or.jp/undou/
<プロフィール>
鐙谷 武雄(あぶみや たけお)
当院副院長、専門は脳神経外科で、中でも脳血管障害(基礎研究に長らく従事してました)
運動習慣は、出来るだけ毎日のストレッチと8㎏ダンベルでの筋トレ、週2回程度のランニング、不定期の10分間HIIT(高強度インターバルトレーニング)、たまのゴルフです