運動は心臓の健康、心疾患予防/リハビリにおいて重要な働きをします
第23回目のブログです。今回は運動の心臓に対する効果について解説したいと思います。
運動時に心臓は血液を送り出すポンプとしての機能を高めますが、運動することは心機能の強化、心疾患の予防および回復において非常に重要であることが、基礎生理学的にも臨床的にも明らかになっています。
運動は心臓と血管に対してさまざまな生理学的適応を引き起こします。まず、心拍数と1回拍出量(1回の拍動で送り出される血液量)が増加し、酸素供給能力が高まります。さらに、継続的なトレーニングによって心筋は生理的に肥大し、収縮力が強まります。その結果、1回拍出量が増加し、安静時心拍数は低下します。さらに、血管内皮からの一酸化窒素の産生により、血管が拡張し、血圧は低下します。これらの効果は最大酸素摂取量(VO₂max)の増加につながり、持久力を高めるだけでなく、脳卒中を含めた心血管病やその他疾患の発症リスクを下げることが示されています。また、運動は心臓自体への作用だけでなく、耐糖能(糖負荷後に血糖値を正常に戻す能力)の向上、脂質データの改善、慢性炎症の抑制などによって動脈硬化の進行を抑えるという側面もあり、それがひいては心血管病の発症予防に寄与します。
心疾患予防には「一次予防(初発予防)」と「二次予防(再発予防)」がありますが、運動はそのいずれにも有効です。米国のガイドラインでは、一次予防において中等度の運動なら150分以上/週、あるいは高強度の運動なら75分以上/週が推奨されています。二次予防に関してはその個人の年齢や心機能に合わせて、軽度から中等度の持続性運動から始め、その後、強度を徐々に上げ、筋力を高めるための運動を追加していくのが良いとされています1)。 特に、二次予防のための運動強度の目安については、疾患別に異なるとされており、心不全のない冠動脈疾患、末梢動脈疾患、左室駆出率が保たれている心不全については、高強度の運動まで行って良く、状態改善に寄与するとされていますが、心房細動、左室駆出率が保たれていない心不全については、中等度強度までの運動が安全でより良いとされています。この場合の高強度の運動とはランニング、水泳、ハイキングなどを指しており、中等度強度の運動とは、ウォーキング、ゆっくりのダンス、庭仕事などを指しています1)。
また、心疾患で入院した際のリハビリテーションにおいても運動は重要です。心臓リハビリテーションは、患者の死亡率を約20〜30%低下させ、また再入院率を有意に低下させ、QOL(生活の質)の向上が図られ、社会復帰の促進につながるとされています。日本心臓リハビリテーション学会では、各疾患別にリハビリテーションの標準プログラムを作成しており2)、それに基づいて各患者の状態に合わせたリハビリテーションを行うことが良好な予後につながると考えられます。
このように、運動は心疾患の予防や治療に有益ですが、一方で過度あるいは不適切な運動はリスクとなる場合があります。中等度の運動は心房細動リスクを低下させますが、長年にわたる高強度の持久系運動(マラソン、トライアスロンなど)は、心房細動のリスクをむしろ増加させると報告されています。これは、持続的な運動負荷により心房の拡大や線維化、自律神経のバランスの乱れ、炎症・酸化ストレスの蓄積が起こり、それが心房細動の発生原因となると考えられています3)。また心臓疾患の中には運動が疾患を悪化させてしまうものがあります。先天性のQT延長症候群やBrugada症候群では、運動が致死的不整脈を引き起こすため、運動の制限が必要になることがあります。拡張型心筋症でも過度な運動により著しい心負荷が生じて、致死性不整脈を来すことがあります。また、元々、動脈硬化による冠動脈疾患がある場合、安静状態からの急激な運動(特に寒冷時)は冠攣縮や不安定プラークの破裂を誘発し、心筋梗塞や突然死につながる危険があります。もし、運動時に失神、強い動悸、胸痛などがあれば、循環器専門医の受診が必要です。
ただし、もともと運動制限を要する疾患がない方にとっては、適度な運動を段階的に取り入れることは心臓を守ることにつながります。ぜひ胸に手を当てて心臓の鼓動を感じてみてください。きっと「運動をして私をもっと元気にしてください!」と訴えているはずです。
1)J Am Coll Cardiol. 2022; 80(11): 1091-1106.
2)https://www.jacr.jp/standard-program/
3)Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2020; 319(5): H1051-H1058.
<プロフィール>
鐙谷 武雄(あぶみや たけお)
当院副院長、専門は脳神経外科で、中でも脳血管障害(基礎研究に長らく従事してました)
運動習慣は、出来るだけ毎日のストレッチと8㎏ダンベルでの筋トレ、週2回程度のランニング、不定期の10分間HIIT(高強度インターバルトレーニング)、たまのゴルフです
