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運動は脳卒中予防効果があります

更新日:2023年12月07日
〝運動は薬〟外来

〝運動は薬〟外来のブログの第3回目です。

今回は、運動の持つ脳卒中予防効果について紹介します。

しっかりした内容の論文を複数紹介しながら説明していきますので、少し長くなりますが、最後まで読んでいただければと思います。

私が脳卒中予防における運動の重要性に気付くきっかけは、医学雑誌Lancet2016年の論文を目にしたことでした。その論文では急性期の脳卒中患者13千人の発症に関わる危険因子を調査し、発症に関わると思われる10項目の因子の重要度を比較検討しています110項目の中で最も重要な因子は高血圧であり、これは誰しも納得するところですが、驚いたことに“運動習慣の有無”が糖尿病や脂質異常症を抑えて、2番目に重要な因子であると報告されていました。これを契機に脳卒中発症と運動の関連を文献的に調べてみると、2017年の医学雑誌Neurologyに脳主幹動脈狭窄のある220例でのリスクを分析した論文がありました。それによると、心血管病の発症について、高血圧と脂質異常症に加え、“運動習慣なし”が有意に関与していることが判明し、さらに脳梗塞の再発例に絞ると、“運動習慣なし”の項目だけが有意に関与していました2。この研究結果からNeurologyの編集者は〝運動靴に手を伸ばすことは、薬に手を伸ばすことぐらいに重要〟と脳卒中予防における運動の重要性を提言しています。

ではどの程度の運動を行うことが好ましいのでしょうか?

日常生活の中で日々の運動量を定量的に評価するのはなかなか難しいことですが、加速度計を体に装着することで客観的に運動の強度、持続時間を測定し、その運動量と脳卒中発症の関連を調べた研究があります。2020年に医学雑誌JAMAに報告されていますが、45歳以上の成人7600人(平均年齢63歳)に1週間の加速度計の装着で運動状態を把握し、最大で10年間にわたって追跡しています3)。その結果、“じっとしている時間が長く、運動している時間が短い程、脳卒中発症が有意に多くなる“ということが定量的に示されました。運動に関しては、軽強度と中・高強度のいずれも効果がありましたが、両者を比較すると、中・高強度の方が年齢・性別などの影響を除いても有意な効果を認め、1日に25分以上行っていた場合に明確に発症率が下がっていました。この研究の中強度は”普通歩行(1㎞を15分で歩く程度)”以上の運動強度を指しており、もし、毎日30分普通歩行が出来ていれば十分効果があるという事になります。次にどこまで運動量を増やしていっても良いかという点については、中強度の運動までは制限は不要のようですが、ジョギング、ランニングなどの高強度の運動については年齢等を加味して考える必要があるようです。米国における平均40歳代4万人の市民ランナーの検討では、毎日8㎞以上走っているグループはそれ以下の距離を走っているグループより脳卒中発症が少なかったと報告されており、走れば走るほど予防効果がより高いという結果でした4。一方、日本における平均60歳代7万人の検討では、運動をすることで、基本、脳卒中は低下する傾向にあり、脳梗塞では中強度、高強度のいずれでも有意に低下していましたが、脳出血に関しては高強度の運動(ジョギング、ランニング以上の運動)では、継続時間が長いと逆効果となることが示されました5。例えば、ジョギング(毎時7㎞の速さ)で時間との関係をみるならば、毎日の走る時間が、30分から1時間では脳出血の予防効果がありますが、2時間では予防効果がなくなり、さらに時間を増やすと逆に脳出血が増える方向に働く可能性がある、ということでした。個人の体力も関連する事柄とは思いますが、年齢が上がれば、高強度の運動についてはやりすぎないことに留意する必要があるようです。

今まであまり運動習慣がなかった方は、まずはキビキビと歩く“普通歩行”から運動をやり始めることで脳卒中予防を図って頂きたいと思います。そして、自身の体力、年齢を加味して、運動強度、時間を適度に増強していき、継続的な運動習慣を身につけるようにして頂ければと思います。


※画像はイメージです。

文献
1) Lancet. 2016; 388(10046):761-75
2) Neurology. 2017; 88(4):379-385
3) JAMA Netw Open. 2022;5(6):e2215385
4) Stroke. 2009; 40(5):1921-1923
5) Stroke. 2017; 48(7):1730-1736

“運動は薬”外来の詳しい内容はこちら
https://www.miyanomori.or.jp/undou/

<プロフィール>

鐙谷 武雄(あぶみや たけお)
当院副院長、専門は脳神経外科で、中でも脳血管障害(基礎研究に長らく従事してました)
運動習慣は、出来るだけ毎日のストレッチと8㎏ダンベルでの筋トレ、週2回程度のランニング、不定期の10分間HIIT(高強度インターバルトレーニング)、たまのゴルフです。